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「売地」の看板がたっていて、しばらくは、何もない、さっぱりとした空き地がありました。
久しぶりにそばをとおって、びっくりしました。
空き地は、1メートルくらい背丈のある夏草にすっかり覆われていました。
空気が違いました。
土の中に、ちゃんとタネを残していて、芽を出す時を待っていたのです。
春の草は背丈が低くて地面を這っていて、かわいいのに、
夏草は背丈が高く、木のようにたくましい。
この猛暑の下で、荒々しい息遣いが聞こえるくらい見事に成長していました!

土の中でジッと芽を出す時を待つ、「時をやり過ごす」賢さを思いました。
そういうことか・・・・・

今年は特別な夏になりました。
地球には、コロナ禍、気候変動による大洪水、猛暑と大きなうねりが次々と押し寄せています。
自分の生存をかけて、細心の構えが必要になりました。
あるかなしかの空気の動き、しのびよる雨のにおい等々、自然界の繊細な”命のリズム“をいち早く感知して、順応して、安心の環境を確認する必要です!

新しい時代のスタートラインにたったのかもしれません。

都会の空気の香りを呼吸しながら、夏草の野性味のある香りに“どこか満たされないのもいい“という思いが沸き上がりました。

ここのところ、日常生活すべてにおいてプロセスの短縮化が進みました。
すぐに食べられる!すぐに届く!すぐ払う!すぐとりかかれる!
私たちは生活の中にある無数のボタンを自在に繰ることで、すぐに実現することができ、
「待つ」「がまんする」という過程を喪失してしました。
この夏は、予測、推理して物事の背景にある関係性をじっくり見抜く力を養う機会かもしれません。

自然が作りだすものには、生き物としての奥深さが感じられ限りなく引き寄せられます。
見逃さないようにして、できるならば「ワクワクして」待ちたいものですッ!

*リモートワーク、新しい生活習慣など慣れない環境で、疲れてしまう日が多くなりました。
そんな時にミントの力!
活力を取り戻す!精神のフィットネスに!
私は、●●●ドロップはハッカから舐めるほどミント大好き。
カラダに好ましくない変化が ―カラダは明白に語る―


小学校4年生のA君は「機能性難聴」と診断されました。
小学校5年生のBさんは「起立性調節障害」と診断されました。
カラダは、目に見えるあるいは見えない感情などを時に、暴露します。
深刻になると、カラダの変化として現れます。
カラダの訴えに注目せざるをえない時があります。
何が実際に起こっているのか?
カラダの訴えに注目します。

子供の自己主張の始まりです。
自分の要求を語る必要がでてきたのです。
どこかに向かって歩き、何かを考えているのです。
自分の速度を知るために、立ち止まる必要もあるのでしょう。

そして、言葉ではもはや表現しようがない次元になると、何かの助けによって表現する以外方法はありません。
絵画や音楽など、芸術の助けは効果的です。
【香り】も役立ちます。

【香り】にかかわっていると、他人の感覚を理解することはむずかしいし、自分の感覚も完全に理解されないということに気づかされます。
私が感じている香りを言葉では表現できない。香りを共有していても、思わぬ他人の表現に、ハッとする体験を繰り返します。
そして、ヒトにはそれぞれのリズムがあり、尊重されるべきだという考えが身につくような気がしています。
ただ、できる限りお互いに近づくことは可能であり、それで充分だと、私は思っています。

コロナ禍で学びました。
今まで、当然だと思ってきた多くのことを、捨て去らなければならなくなりました。
その時に、初めて、その価値を認識しました。

今、男性と女性、黒人と白人、富裕層と貧困層・・・などいろいろなグループがあります。
しかし、どのグループのヒトも全員“老人”というグループの一員になりますッ!

子供が、自分のカラダをうまく管理して、安心感を持って自分のカラダとともに生きられるまでの時間は、親にとっても厳しい試練の時間でもあります。
起こりつつある変化を明確にして、子供との新しい関係に入ります。
過渡期を渡り切った時、姿を現すのは、新しい子供の姿ですよ~。

*8月2日の夜の月
冴え冴えとしていて、慌てて、写真を撮った。
慌てる必要などなかったことに気づく。
すごく遠くにあるものは、スピードに影響されない!

*オシロイバナ見つけた。
タネの部分をそっとひっぱると、“オシロイバナバラシュート”
withコロナ時代を生きるものが抱え込まざるを得ないもの -香りに託す「願い」-

私たちは日々、時々刻々、さまざまな感情の波に洗われています。
このような波が絶え間なく流れてきても多くのヒトはうまく処理して日常生活を過ごしています。

withコロナ時代を生きることは、さらなるストレスが加わることです。
ストレス=緊張関係に自らの心身状態が適応しきれないとストレス諸問題が発生します。
ストレスに脆弱な小さな子たちさえも巻き込みます。
これらの感情には、セットのように身体症状を伴うのが普通です。
カラダのあちこちに悲観の対象が映され、頭痛、めまい、不眠など様々な身体症状がおこるのです。

“心身症“と呼ばれています。

心身症に至る、ストレッサーの量とストレス反応には単純な相関関係はみられません。
ストレス反応関係を大きく左右するのは、個々人の生活習慣やライフスタイル、個々人の性格行動特性、ヒューマンサポートの程度が要因として関わることがわかっています。
つまり、実に個別的であり、時間的にも流動的であることが多いのです。

例えば、試験のようなストレスであれば、周到な準備と努力で、自信をつけEustress(良いストレス)として働くことはしばしば経験することです。
しかし、新型コロナウイルスに伴う新しいストレッサー負荷にどのようなストレス対処行動をとったらよいか?!!

ストレッサーとなっている課題が自分の手ですぐに解決できない時、ヒトは実際の心的な負担を軽減する方法を見つける努力をします。
その方法が、いわゆる“癒し”と呼ばれています。
現代のストレス社会では“癒し”は流行語のようになっています。

アロマテラピーを“癒し”との関係で考えます。
アロマテラピーによるストレスホルモンの減少、ある種の脳波の増加、免疫力のアップなど反響が大きい結果も多く報告されています。 
しかし、アロマテラピーにかかわってきた者として、
植物の香りの役割は昔と同様に、「願い」の表現なのではと思うのです。
今、即興的にその時の自分の思いにあった香りを求めるのです。

カラダに疲れがあり、その疲れがたまってカラダの病気になるように、ココロにも疲れがあり、その疲れがたまってココロの病気がおこると考えられます。
ココロの疲れの原因を取り除き、休養をとればこの状態は自然に治癒します。

おそらく、

withコロナ時代が収束した時、目の前に広がるのは、昔と変わらない悠久の大自然!

*レモンマートルが開花
花弁は5
めしべは1
おしべの数は・・・?
数えきれない
他者や環境に配慮することのスキルにつながる!-人間への強い愛情を持っていればー

健康で、才能にも仕事にも恵まれた若者が突然亡くなりました。
死は、絶えずひとつの可能性として存在・・・
こんなにすばらしい若者も避けられなかった・・・
死を迎える時は、だれでもひとり・・・

私たちは人間的な反応として「死」の絶対的な力を悟り、「生」を強く意識します。

私の年齢になると、死は医学的な問題にすり変わっていて、痛みがなく死ねることばかりを望んでいました。
死も命の誕生と同じで人生に属するのだということを強くつきつけられました。

カモミールでは、言葉にできない”香り“と取り組んでいます。
植物から香り成分を液体で取り出した【精油】を相手に、全体を作り上げている個別の香りを探します。
嗅上皮から嗅球に届いたシグナルの名前(芳香成分)を覚えながら確認します。
そして、眼窩前頭皮質などの脳の様々な部位の反応を確認しながら楽しみます。
「言葉にできない」状態を豊かに表現しようとする場所、時間になります。
この場所と時間を、感染症対策の中で、どのように確保するのか?
まずは、この体験に集中する場所の確保が課題です。

今、私たちに必要なのは、アロマとハーブの世界の“豊かさ”です。

新型コロナ対策に取り組んでいます。
まだ、何も解決していないのですから、自分なりの新型コロナ対策をすることが最初にするべき仕事です。
それぞれがそのことに全力を傾ければ、個人と個人がきちんとぶつかり合えます。
どちらかが支配したり、支配されたりする関係にはなりません。
個人個人がそれぞれ自分のやりたいことをまっとうに追及できる社会にしていく必要を感じています。

行き過ぎた自粛警察やSNSの投稿に見るような監視の目をなくすためにも、まず、自分でルールを決める必要があると考えます。

人間への強い愛情をもっていれば、
そうした中で、自然に自分中心から、相手中心、そして自然中心の考え方に移っていくスキルを身につけていけるはず!


*対策として、向かい合わないように斜めに座り、コの字型のアクリルパーテーションを設置。

*オリーブは果肉にもオイルが含まれるため、人類がはじめて口にしたオイル!?

土曜日(7月12日)、このあたりの天候はめまぐるしく変化しました。
晴れたかと思えば、急に暗くなり雨が降る、を繰り返していました。
晴れ間がのぞいたその時、セミの初鳴き?を確認しました。
レッスン中でしたが、小さなセミの大きな声に、生物の放つ一瞬の輝きを思いました。
そして、ピタっと止んで、静けさが戻る!
そう、いつもの夏に彼らは生きてる。
春がきて、夏が来て、ごく当たり前の繰り返しの中で、今があるということ!

空き地では、春に芽をだした草が、ざわざわと必死で場所を占領しようと戦っています。
雨の後、夏草は目を見張るほどたくましく成長しています。
動かない植物に動物的なものを感じる瞬間です。
厳しい自然の中で、枯れてしまうことなく成長するために様々な方法を講じて、
環境に順応し、生き延びていると思うと、生き物の重み、時の重みを感じます。

私たちは、今、過酷な自然環境の中にいます。
生と死が隣り合って存在する厳しい自然。
その中で、多種多様につながりながら、私たちもその世界の一部で生きています。
自然にあるのは、摂理だけ。
今、私たちはその自然の摂理に従い、それを妨げないように気をつけなくてはなりません。知恵を絞り努力して。
人間って何?と問いながら・・・

生き物がみな無事でありますように!!

*ラベンダーバンドルをいただきました。
香りを探しながら、植物に対する人間の優しさに思いをはせます

“新型コロナ禍“から見えたもの -未来都市のイメージ-

ここのところ頻繁に起こる川の氾濫
この気象災害は、ゆっくりとゆっくりと、でも確実に危険を孕んできて、気付いた時には息ぐるしいまでの勢いと暗さを持つものになって、つぎつぎと襲いかかってきます。
深い絶望感と疲労感を感じています。

“新型コロナ禍“は、おそらく、多くの人々が予測しなかった危機でした。

お店のレジ前に掛けられたビニールカーテンを見ると、社会様式そのものが変わったことを痛感します。
いずれは必要になるだろうと想像していたオンラインやオンデマンドの急速な普及にも驚かされます。
しかし、体験してみると、今までの対面レッスンもより1対1感があって、対面と違った深まりも感じました。
“理由は問わない!”率直さを持って向き合える近さです。
もちろん、オンラインですべて解決しません。

良くなる人間関係もある一方で、ソーシャルディスタンスどころかパーソナルスペースもとれないところで、オンラインを行っている人たちもいるはずで、ここに見えない恐さもあります。

こんな中、 “香りの仕事”は少しずつ忙しくなってきています。

もう一度やり直して、見落としてきたもの、気づかずにきたものを組織しなおしたい気持ちが高まってきているのでしょう。
”グッドクライシス“?

私の描く未来都市のイメージは良くありませんでした。
高度成長時代に育ち、情報技術社会で歳を重ねてきました。
これから、どのような社会で老いるのでしょうか?
誰も知るよしがない・・・・

しかし、人間とロボットが仲良く暮らすような、従来考えているより、もっといろいろな形があるかもしれない!

IT化が進むことで、時間ができて、感情や体験に集中できる時間と場所を再び手にいれることができるかもしれない!

そう考えると、わけのわからない活力も沸いてきます。

私は、そのうちのどのくらい経験できるのかしら?

歩いていて、おもいがけず出会う花々。
意外にも長く心に残ります。

“花は野に置け”

最近、私は部屋に花を置いてない!!!